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Spring Has Come

Spring Has Come

頑張れ、春歌~そして

「たかちゃんにそっくりじゃない!」
春歌の顔を見るなり、母が驚いた声を上げた。
たかちゃんとは、次男のことである。
目をつぶったその顔が、彼に本当に似ていたのだった。
まさしく春歌は私が生んだ子。夫と私の子であり、
息子たちの妹であった。

胸から下にピンクのバスタオルをかけられ、
鼻には太いチューブが通されていた。
そのせいで鼻がいびつになり、折角の美人?が台無しだ。
産湯に入らせてもらっていないので、身体はいまいち汚れている。
でも。
可愛い可愛い私の子だ。頑張って生きているんだ。
「触っていいですよ」と言われたので、
壊れてしまいそうな気がして恐る恐る頭に手を伸ばした。
そこで母は持ってきていたカメラを取り出し、春歌の姿を撮影し始めた。
それを見た夫は、怒って止めようとした。
母は振り切って撮影を続けた。と言っても、たった2枚だが。
夫の中では、この時の春歌は既に“死んで”いたのだろうと思う。
だから、母の行為は何か冒涜的に感じたのだろう。
私自身は母のしたことに、この時から現在まで深く感謝している。
動転していた私には、写真を撮ることなど思いつかなかったのだから。
結局、春歌の“生きている”写真は、エコー写真を除いて
これだけになってしまったのだから。

春歌の小さな体は、柔らかく温かかった。

一旦その部屋から出て、別の分娩室のような所で再び横になった。
その頃には、理由は分からないが母は姿が見えなくなり、
入れ替わりに夫の母が傍に付き添ってくれた。
彼女は何も言わずに私の手を握ってくれていた。
それからほんの数十分後、春歌の傍にいたのかどうか分からないが
夫が私の所へやってきて、鼻をすすりながらこう言った。
「はるちゃん、死んじゃった」

夫は春歌のことをはるちゃんと呼んでいた。
・・・何言ってんの?
 そんな不謹慎なこと、言うもんじゃないでしょ。
信じたくないあまりに笑い出しそうになりながら
再び春歌の元に向かった。
・・・大丈夫。呼吸しているよ。
 だって、胸がちゃんと動いているじゃない。
しかし、それは小児科医がポンプのようなもので
人工的に動かしているに過ぎなかった。
医師は言った。
「今はこうして人工的に酸素を送り込んでいますが、
血圧はゼロ、脳波もゼロの状態です。
可哀想に、指先はこんなに青くなってしまっている。
仮に生き永らえたとしても、脳に重大な障害が残ります。
・・・これ(心音と脳波のモニター?)もう切っちゃおうね」
私は医学の知識は皆無なので、記述どおりのことを言ったのか
確信はないが、春歌が目を開ける可能性は限りなくゼロに近くなったこと、
よくしたところで苦難の道を歩むことは理解した。
そう言われた私は、少し離れたところに立つ夫に相談することなく
黙ってうなづき、医師にお礼を述べた。

医師の、ポンプを握る手が止まった。
私はその直後、背後で肩を抱いていてくれた義母の胸に取りすがり、
子供のようにわぁわぁと号泣した。
と同時に、義母の胸は温かくていいなぁ、と、どこかで思った。

小さな体に付いたチューブが外され、タオルで再び丁寧に包まれた。
台無しになっていた美人顔の復活だ。
「抱っこしてあげて下さい。まだ温かいうちに。」
徐々に命の光が消えてゆく春歌の体を、
私は初めて抱くことが出来た。

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